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経営の美学-日本企業の新しい型と理を求めて

(編)野中郁次郎 嶋口充輝
価値創造フォーラム21

まえがき-新たなる経営の美学を求めて

3、知の綜合化

知識は、物的な資源とは特性を異にし、流動的であり一元的に把握することができない。また、常に変化し、特定の時間・物理的空間・人間の三要素によって構成される有機的関係性のなかで常に新しい知が生み出されていく。その関係性を形成するのが「場」であり、個人はさまざまな場に身をおきながら相互に交流・伝達することによって異なる知識に触れ、自らの知識を磨き、豊かにすることができるのである。

この知識創出の流れを促進し価値実現につなげるために、あるまとまりと方向性を与えていくのが経営における知の綜合化である。それは、さまざまな対立や矛盾する考え方を取り込み、より高次の概念へとつくりあげていく過程である。言葉を換えて言えば、対立関係にある考え方のどちらが正しいかという単純な選択や、両者の安易な妥協案ではなく、対立関係を超えるようなレベルを導き出すことなのである。

むろん経営実務においては、人の視点や考え方は大きく異なる場合が多く、簡単にまとまるわけではない。さらに、刻々と変化する企業環境においては、知の綜合化を可能とする一定普遍の方法論はありえない。実際、ここにこそ知識創造の難しさがある。たとえ過去のプロセスを詳細に分析し、変化要素を抽出し、コントロール変数を導いてモデル化したとしても、最もコアとなっている人間の主観的要素が残るのである。

われわれが企業経営において「何のために存在するのか」という存在論や「こうありたい」「こうあるべき」という理想の追求を重視するのは、それらが知の綜合化のプロセスや事業活動における基本軸を与え、しばしば対立項を解消し、知識の飛躍的発展につながるからである。ただ、このような存在論や理想論が企業経営において実効性を持ちうるという経験的事実はあるが、科学的な証明は難しい。それでも、この基本軸を有することは、社員に自らの仕事の社会的意義を認識させ、知識や意欲を引き出すことになり、結果的に仕事における全く違った視野を与えるからである。企業の基本は人にあることを考えれば、それがもたらす組織への影響や役割は計り知れない。

人間の根源的な生き方に関わるあるべき姿や理想の追求は、しばしば市場原理との矛盾を生む。確かに、市場原理のもと、高い利益やシェアを実現できなければ企業の存続などありえないと考える経営者は多い。たとえば、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)社は他社との競争関係を重視し、自社がトップになりえる事業分野に経営資源を集中するという割り切りを見せた。つまり、他の会社をベンチマークし、常に自社が相対的に有利な市場ポジションをとれるか否かに評価の基準をおいた。一方、ホンダは独自路線をとり、The Power of Dreamsのスローガンを掲げ、人間は夢の実現のために生きるのであり、組織はその夢の実現の場と位置づけた。夢の追求の成果として価値を生み出し企業に利益がもたらされるという考え方により、市場原理から言えばしばしば無謀ともいえる挑戦を行い、現在の発展を導いた。絶対的な理想の姿の追求を優先した。

市場原理に立つか人間原理に立つかは、もちろん二者択一ではない。両者の間に生まれる矛盾を内包しつつも、未来に向けてより高次のレベルを目指す意思決定をすることが、経営には不可避的に必要である。しかし重要なことは、どこかに基準をおいて比較し判断する「相対価値」を優先する以前に、自らの存在意義を主張する「絶対価値」追求の経営姿勢こそがこれからの時代にますます求められていくという経営信念の出現である。

2.企業の価値へ

4.「型」を導くへ